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もっと知りたいな 八王子の街⑲ 【まつひめ400年祭 その3】 [日記・コラム・つぶやき]

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 こんにちは、ゴマ子です。

 引き続き 『まつひめ400年祭』 のリポート、その3ということでアップさせていただきます。

 今回もご訪問いただいて、本当にありがとうございます。

 産千代稲荷神社を出て、松姫大行列・御稚児行列は信松院へと到着しました。

 その後の境内の様子です。

 大勢の人たちで賑わっていますね。

 まさに大盛況と言った感じです。

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 この後14時30分からは、本堂にて松姫さま四百回忌大法要が執り行われます。

 その前に、境内の様子をー。

 こちらは唐破風屋根の客殿??。

 武田家の家紋であります武田菱の幕が飾られていますね。

 建物にももちろん菱が輝いています。

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 仏殿の扉は大きく開かれていました。

 ここでお焼香をします。

 その先、階段を上ると法要の会場であります本堂となります。

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 法要会場へは、こちらの入り口から入らせていただきました。

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 定刻まで少し時間に余裕がありましたので

 1階の待合所で待機していました。

 こちらでは二胡や琴の演奏が繰り広げられていて

 その優美な音色を耳にし、法要前の心を整える時間となりました。

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 そして時刻は14時30分。

 本堂では、松姫様(信松尼公)四百回忌大法要が始まりました。

 雅楽の演奏で、竜笛・笙の音色が本堂に広がる中

 お坊さんが入場されてきます。

 法要の始めに、まずは松姫様にお香・お茶・お菓子が供えられました。

 この時、ほんの一瞬ですが、松姫様坐像が光ったような現象を見たのは

 ゴマ子だけでしょうか???

 そしてお経、ご焼香と続きました。

 松姫様はもちろんのこと、武田家としても感無量の一日だったのではないでしょうか。

 御来賓として、末裔の方の御臨席もありました。

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 法要・式典と滞りなく進めれ、

 その後は 『松姫さまの生涯』 と題しまして

 講談師の 日向ひまわりさんによる講談で楽しませていただきました。

 そのタイトル通り、松姫様が武田信玄公の息女として甲斐國に誕生し

 武田家滅亡後は、現在の八王子の地で過ごされ

 56歳の生涯を眠るように閉じるまでの流れを

 解り易く語ってくださいました。

 講談というジャンルに触れましたのは初めてのことでしたが

 新たに勉強させていただいたという感じです。

 何より楽しかった!!!

 日向さん、またどこかで講談聞きたいな。

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 本堂の扉にも立派な武田菱です。

 今から400年前の 1616年4月16日

 武田信玄公息女 松姫様(信松尼公)は前述のとおり、56歳の生涯を終えました。

 甲斐國を離れ、金照庵から心源院に落ち着き

 卜山禅師のお導きで尼僧となりましたが

 娘を溺愛した父上信玄公と、剃髪した心源院と、字は全く異なりますが

 同じ 『しんげん』 という音であるということが、何か不思議な力が働いたのではないか?

 と考えたりもしました。

 甲斐國、そしてここ八王子でも、周囲の方に愛されながら過ごしたそうです。

 とくに子供たちからの人気は絶大だったよう。

 乱世を生き抜いた、芯が強く 清らかな心の持ち主だった松姫様。

 今もなお、そのご遺志は後生に引き継がれています。

 そして松姫様の八王子への感謝の念が、この地の発展を後押し

 しているかのようにも思えます。

 八王子市は、来年市制100周年を迎えられるとか。

 『法要のお抹茶と落雁は美味しかったわ。』 と、松姫様がそんな風に

 喜んでいるかのように感じた 2016年4月16日 法要後のゴマ子の

 勝手な感想でした。

 今日も甲斐國・そして富士山も見護ってくれているよ。


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